遺言さえあれば問題は起きなかった
「遺言を書いたことがある人はいますか?」
「相続について、家族で話したことのある人はいますか?」
遺産のセミナーの冒頭、お客さまに聞くことがあります。ほとんどの方の答えはNOです。
当たり前のことですが、相続は誰にでもいつかは起こることですよね。でも、実は相続を「自分事」と考えている人はごく少数です。
こんな事例がありました。
亡くなったのは60代の男性で、彼は余命宣告されていました。男性に子はなく、親もすでに他界していて、身内は妻と、あまり仲の良くない弟だけ。唯一の財産は、妻と住んでいた男性名義の土地建物でした。
そして、彼は遺言を残していませんでした。
この場合、民法では、妻と弟が亡くなった男性の相続人になります。
相続割合は、妻3:弟1。亡くなった方と疎遠でも仲が悪くても、兄弟であればその財産の4分の1について相続分が認められるのです。
彼の死後、しばらくして相続の争いになりました。
争いの対象は、唯一の遺産である彼名義の不動産。弟が、男性の不動産の持分4分の1を主張したのです。夫と住んでいた家にもかかわらず、妻がこの不動産の所有権を完全に取得するには、不動産の持分4分の1の価格のお金を支払って、弟から取り戻さねばならなくなったのです。
この場合、亡くなった男性が妻の生活を守ろうとしていたなら、遺言を残すべきでした。
というのも、もし男性が「全財産を妻に相続させる」という遺言を有効に残していれば、弟からは何も請求できなかったのです。
法律上、兄弟姉妹には、法定相続分は認められていますが、配偶者や子などと違い、遺言で全財産が別の人に相続された場合などに主張される「遺留分」の権利は認められていません。
ですので、このケースでも、男性の遺言さえあれば、不動産は完全に妻のものになりました。端から見ると信じられないかも知れませんが、こんな風に明らかに遺言が必要と思われるケースでも、遺言をしないまま亡くなってしまう例は少なくありません。
たしかに、死後のことについての準備なんて縁起悪い感じはします。
でも、家族が亡くなると、待ったなしで相続が発生します。プラスの財産はもちろん、亡くなった方の借金などのマイナスの財産(債務)も相続人に引き継がれるのです。
そのため、場合によっては、裁判所で相続放棄の手続が必要になることもありますが、その期間は自己のために相続があったこと(通常は、亡くなったこと)を知ったときから3ヶ月と短いです。家族の死後、葬儀などに追われる相続人の身になるとあっという間。
予想外の債務の存在が後になって判明したというケースで、相続放棄の期間のスタート時点について例外を認めた判例はありますが、そう簡単な要件ではありません。
一番いいのは、財産のプラスもマイナスも家族がきちんと把握していることです。そうすれば、亡くなったときに、その情報を元に相続放棄をするのかどうか考えられますし、「預金口座はどこだ?」と、残された相続人が右往左往する必要もなくなります。
家族の豊かなコミュニケーションこそ最良の相続対策
とはいえ、ある日突然、親に「全財産を教えて欲しい」などと言ったら、「一体何を企んでいるのだ」と変な展開になりますよね。
だからこそ、常日頃から、家族間で財産について風通し良く話しをしていることはとても大事なことだと思います。
私はいつも、家族と相続の話をするコツは「相続の話として話さないこと」だと思っています。
相続というとどうしても死のイメージで避けたくなるもの。そうではなく、家族の暮らし、大事にしている物、心配事など、あくまでも話のテーマは生活でいいのです。
それとない会話の中から大事な情報を聞き出す、というのは弁護士もよくやることですが(笑)、テクニック的なことを抜きにしても、こうしたコミュニケーションこそ最良の相続対策になるわけです。
家族の会話がないな、と思う方は、まず今日から、メール1本、言葉1つ、発信するところから始めてはいかがでしょうか。