帰省を終えた今こそ考えたい、アパートオーナー家族の「家族信託」という備え
法律関係

家族信託は、アパートの管理や売却の権限を元気なうちに家族へ託す契約です。
オーナー様が元気なうちに家族信託の契約を結んでおけば、認知症などにより判断能力が低下した後も、信託の目的の範囲内で家族がアパートの管理を続けられます。
今年のお盆に実家へ帰省し、親の物件の様子や体調が気になったという方も多いのではないでしょうか。帰省中は切り出しにくかった資産の話も、実家を離れて落ち着いた今なら、冷静に考えやすくなるのではないでしょうか。
この記事では、アパートオーナーの家族に向けて、認知症などで資産管理やアパート経営に支障が生じる前にできる備えと、家族信託の仕組みを整理します。
そのうえで、家族信託によるアパート相続の備え方と、アパートオーナーの生前対策として今から始められることをお伝えします。
判断能力を失うと、契約などの法律行為ができなくなります。
その結果、アパート経営に必要な主な手続きが止まってしまいます。
契約は、当事者の意思表示によって成立する法律行為です。
意思能力(自分の行為の結果を理解し、判断する能力)を欠く状態で結んだ契約は
無効になるとされています。
判断能力低下の原因は認知症に限りませんが、以下では代表例として認知症を例に説明します。
認知症になったからといって、ただちに何もできなくなるわけではありません。
ただし、症状が進み判断能力が失われた状態になると
新たな契約を結ぶことが難しくなっていきます。
判断能力の低下によって止まりやすいのは、次の4つの場面です。
・賃貸借契約の締結や更新
・修繕や原状回復の発注
・建て替えや売却の判断
・金融機関での手続き
たとえば、入居者が退去しても新たな賃貸借契約を結べず、空室のまま放置されることがあります。
家族であっても、当然に本人の代わりに契約や手続きができるわけではありません。
本人による金融機関での手続きが難しくなると、家賃の受け取りや修繕費の支払いにも支障が生じます。
このような場面では、成年後見制度の利用を思い浮かべる方も多いでしょう。
どう違うのかは、後ほど整理します。
家族信託とは、財産を信頼できる家族に託し、信託契約で決めた目的に沿って管理してもらう仕組みです。
遺言や成年後見制度とは異なる、独立した財産管理の手法といえます。
家族信託には、次の3つの役割が登場します。
・委託者:財産を託す人
・受託者:財産の管理や処分を託される人
・受益者:信託財産から生じた利益を得る人
たとえば、高齢の父親が財産を託す委託者となり、その子が管理を担う受託者になる、という組み方が典型的です。受益者を父親自身に設定すれば、管理は子が行いながら、利益は引き続き父親が受け取れます。
アパートオーナーである父親と息子が家族信託契約を締結する場合に当てはめると、アパートの所有権を受託者である息子に移転し、息子が信託の目的に沿ってアパート経営を担うことになります。
息子は家賃収入を自由に使えるわけではなく、信託契約の範囲内で活用することになります。多くの場合は、父親の生活費として家賃を充てることが想定されます。
家族信託契約を締結しておけば、アパートオーナーの父親が認知症になって判断能力が失われた後も、子が賃貸借契約の締結や更新を適法に行うことができるため、アパートの収益性を保つことができます。
なお、信託できる財産は、収益物件に限りません。
自宅の不動産や現金、株式などの有価証券も信託の対象にできます。
アパートは、日々の管理と将来の承継の両方が課題になりやすい資産です。
この点で、家族信託はアパートの管理・承継と相性のよい仕組みです。
家族信託がアパートの相続と管理に向いている理由は、次の4つです。
遺言は、本人が亡くなった時点で効力が生じます。
一方、家族信託は契約を結んだ時点から効力を発生させられるため、元気なうちから管理を家族に託せます。
実際のご相談でも、遺言を用意していれば十分だとお考えの方は少なくありません。
判断能力を失った後も、受託者が信託の目的の範囲内で管理や処分を続けられます。
これにより、先に挙げた賃貸借契約や修繕、売却、口座手続きが止まる事態を避けやすくなります。
受益者連続型信託(受益者が亡くなった際に、次の受益者へ受益権を引き継がせる定めのある信託)を使えば
「自分が亡くなったら長男に、長男が亡くなったら次男に」といった数世代先の承継先を指定できます。
遺言では、このような二次相続(最初の相続で財産を受け取った人が亡くなったときに起こる次の相続)以降の指定はできません。
ただし、このように受益権を次の世代へ引き継ぐ形の信託には、期間の上限があります。
この点は、後の章で改めて説明します。
成年後見制度は、後見人が就任してから本人が亡くなるまでの期間しか利用できません。
家族信託は、元気なうちから死亡後の承継まで、より長い期間をカバーできます。

成年後見制度と家族信託は、目的も利用できる期間も異なる制度です。
判断能力が低下した後は、選べる制度が成年後見に限られます。
家族信託と成年後見制度は、次のように役割が異なります。
・家族信託:契約時から効力が生じ、目的の範囲内で家族が判断できる
・成年後見制度:判断能力低下後に効力が生じ、家裁の監督下で管理する
成年後見制度は、認知症などで判断能力が低下した人のために、後見人が財産を管理する制度です。
任意後見(元気なうちに後見人を決めておく制度)と法定後見(判断能力低下後に家庭裁判所が後見人を選ぶ制度)があります。
後見人は家庭裁判所が選任し、専門家が選ばれることも多く、定期的な報告義務や報酬も生じます。
家族信託と成年後見制度は、利用できる時期だけでなく、財産管理の柔軟性にも違いがあります。
柔軟性の面では、両者の差がはっきり表れます。
家族信託では、信託の目的の範囲内で家族が管理や処分を判断できます。
一方の成年後見では、家庭裁判所の監督下にあり、家族が財産管理の方法を指示できません。
どちらが優れているかではなく、いつ・何のために使うかで選ぶことが大切です。
家族信託は万能な制度ではありません。
特に税務・登記・信託期間の面で注意が必要です。
アパートを信託する前に知っておきたい注意点は、次の6つです。
・家族信託自体に節税効果はない
・損益通算ができなくなる可能性
・遺留分に配慮した設計の必要性
・信託による所有権移転登記
・信託専用口座の開設や家賃振込先の変更
・信託期間の上限
家族信託自体によって相続税評価額が下がるものではなく、節税を目的に設計するものではありません。
信託財産に係る不動産所得の損失は、他の不動産所得と損益通算できず、税負担が増える可能性があります。
信託する物件は税理士等と検討することをおすすめします。
信託した財産の受益権が、遺留分侵害額請求(最低限の取り分を金銭で取り戻す権利)の対象になるかは明確でなく、リスクを織り込んだ設計が必要と考えられます。
不動産を信託すると所有権が受託者に移るため所有権移転登記が必要ですが、名義移転は贈与ではなく、利益は受益者のものです。
預貯金は受託者管理の信託専用口座を開設して送金するのが望ましく、委託者名義のままでは凍結資産を動かしにくくなるリスクが残ります。
家賃収入も同様に、振込先を同口座へ変更することを検討する必要があります。
この上限は、受益者連続型の信託についての規律であり、すべての家族信託が一律に30年で終わるわけではありません。
信託法第91条により、受益者連続型の信託では信託開始から30年経過後は受益権の新たな承継が一度しか認められず、その人の死亡時に信託は終了します。
アパートのように長期保有・複数世代の承継を想定する資産では、この上限を踏まえた設計が必要です。
家族信託の契約を結ぶには、判断能力が必要です。
認知症が進んだ後では、家族信託という選択肢を選べなくなります。
家族信託は契約であるため、締結には判断能力が求められます。
判断能力が低下した後は、選べる対策が成年後見制度に限られ、遺言の作成も難しくなっていきます。
だからこそ、まだ元気な今のうちにできることがあるといえます。
帰省中は切り出しにくかった財産の話も、実家を離れて落ち着いて振り返る今なら、検討に着手しやすくなります。
親世代だけでなく、子世代にとってもひとごとではないテーマです。
誰が管理を担うのか、将来誰に承継したいのかを、家族で共有しておくことには大きな意味があります。
ご相談を受ける中では、管理の担い手が決まらないまま検討が先延ばしになっているケースが少なくありません。
弁護士に相談する前に、次の点を整理しておくとスムーズです。
・所有している物件と借入の状況
・家賃の入金先口座
・管理を担える家族がいるか
・将来誰に承継したいか
借入のある物件の信託手続きは、個別の確認が必要です。
家族信託の設計には法律の専門知識が必要なため、弁護士にご相談されることをおすすめします。
可否は診断の有無ではなく、契約時の判断能力で決まります。
信託契約の締結には判断能力が必要で、症状が進んだ後は選べません。
その場合は成年後見制度の利用が主な選択肢となるため、元気なうちの検討が大切です。
家族信託自体に節税効果はありません。
目的は、認知症などによる判断能力の低下によって財産管理や処分が難しくなる事態に備え、管理と承継の道筋をあらかじめ決めておくことにあります。
所有権は受託者に移り、所有権移転登記が必要です。
家賃などの利益は受益者のものなので、親を受益者にすれば従来どおり受け取れます。
親名義の口座のままだと、判断能力低下後の資金管理や支払いに支障が生じ、信託の効果を十分に発揮できない可能性があります。
振込先を、受託者管理の信託専用口座へ変更することを検討する必要があります。
受益権が次の世代へ引き継がれる形(受益者連続型)の信託には、期間の上限があります。
信託法第91条により、信託開始から30年経過後は受益権の新たな承継が一度しか認められず、承継者の死亡時に信託は終了するとされています。
世代をまたぐ承継は、この範囲で設計することになります。
家族信託は、元気なうちにアパートの管理と承継の道筋を決めておく手段です。
判断能力が低下した後も、信託の目的の範囲内で家族が管理を続けられます。
ただし、節税効果はなく、税務や登記、信託できる期間など、検討すべき点も少なくありません。
帰省で感じた気がかりを備えに変えるには、家族信託によるアパート相続の備え方を早めに理解しておくことが大切です。
本記事の内容は一般的な解説であり、具体的な事案については個別の判断が必要です。
ご自身のケースについてご相談されたい場合、Authense法律事務所の弁護士による60分無料相談をご用意しております。
まずはお気軽にお問い合せのうえ、ご都合に合わせて相談日時をご予約ください。
弁護士への無料相談予約はこちら
Authense(オーセンス)法律事務所
企業法務・不動産法務を中心とする総合法律事務所です。
家賃の滞納、退去に応じてもらえない、建て替えにともなう契約の解消、入居者や近隣とのトラブル、不動産を含む相続など、オーナー様の身近なお困りごとから、不動産取引の紛争まで幅広く対応いたします。
家賃滞納・明渡請求の分野では業界でも有数の実績があり、100名を超える弁護士が在籍。
司法書士・税理士・不動産鑑定士など他の専門家とも連携し、ひとつの窓口でご相談いただけます。

弁護士 川村 洋平
東京弁護士会所属。法政大学法学部法律学科卒業、明治大学法科大学院修了。
不動産法務における豊富な解決実績を有し、その強みを生かして事業承継を中心とした相続案件などにも注力している。
不動産業界全般における幅広い法的トラブルに造詣が深い。建物取壊し・建て替えや借地権買取といった立ち退きに関する交渉、建物建築に関連する紛争、不動産の所有権移転や近隣トラブル、不動産賃貸借に関する紛争、不動産を含む財産の相続事件等、建物の建築・活用・相続・取り壊しまでに生じうる不動産関連のすべてのプロセスを一貫してカバーするリーガルサポートを提供している。

・信託法第91条
(受益者連続型の信託についての期間制限。すべての家族信託が一律に適用対象となるものではない)
まずは資料請求だけでも大歓迎!
お気軽にご連絡下さい。